2021年3月より音楽レッスンサービスAcademy Customizeを立ち上げた、ヴァイオリニストの吉川 采花さん。
発足の経緯や音楽レッスンに対する想いについてお話いただきました。
吉川 采花(よしかわ あやか)さん
東京藝術大学音楽部器楽科卒業。ウィーン市立音楽芸術大学修士課程修了。Hamamelis Quartett 第二ヴァイオリン奏者。ウィーン交響楽団、ウィーンフォルクスオーパーに客演奏者として呼ばれる。第58回全日本学生音楽コンクール東京大会入選。第7回全日本芸術コンクール第2位。第1回デザインK国際音楽学生コンクール優秀賞受賞。Fidelioコンクール入賞。東京藝術大学にて山﨑貴子、澤和樹の各氏に、ウィーン市立音楽芸術大学にてFlorian Zwiauer氏に師事。2021年3月末より音楽レッスンサービス、Academy Customizeを運営。2021年7月日本に完全帰国し、演奏活動および後進の指導にあたっている。
音楽レッスンサービス Academy Customize
〈Academy Customizeとは?〉環境を選ばず求める人と情報に出会える、アカデミー新しい音楽の学びの形を提案します。HP→www.academycustomize.com/
ーアカデミーカスタマイズ(以下アカスタ)を発足された経緯についてお聞かせください。
私たちは音楽を習う方々と音楽家の抱えている課題、ふたつを解決したい、という想いでアカスタを立ち上げました。
まず、音楽を習う方々が抱えている課題は、「それぞれの環境によって音楽教育に差が生じやすい」ということです。
例えば、九州に住んでいた私の友人は受験前に月1回飛行機で東京へ通い、大学の先生のレッスンやソルフェージュなど他の科目を受け、ピアノの先生との合わせもあって…ということを毎月やっていました。それって結構な負担ですよね。またコロナ禍で、日本各地の方や色々な国の方にオンラインレッスンをさせていただくようになってから、才能があっても環境の問題でなかなか思うような教育を受けられていない方がいると感じました。コロナ禍でオンラインが活用されるようになったので、「もっと環境に左右されずにいろんなチャンスをみんなにあげられるようなサービスができたら」という想いで立ち上げました。
音楽家の課題としては、複数の拠点を持っている音楽家や不定期な演奏活動を行っている音楽家がたくさんいて、そういう方々が持続的にレッスンを提供することは、今までは難しかったと思うんです。しかし音楽家にとって、レッスンは大きな安定した収入源であることは紛れもない事実ですよね、特にフリーランスの方にとって。そう考えた時に、「複数の拠点で活動する音楽家や不定期な演奏活動を行う音楽家が、持続的にレッスン提供できないか」というのが私の中の課題です。そのためサービス立ち上げにあたり、講師を募集した際は、留学している方や海外で働いている方、また日本でフリーランスとして活躍する方で、レッスンをしたい思いをお持ちの方に声をかけていきました。
ー音楽教育やレッスンの「格差」について、問題意識を1番強く持ったきっかけは?
オンラインレッスンをするようになって、色々な方に出会えたことが大きかったです。例えば、南米にお住まいで日本語が話せる先生が全然見つからなかったので、オンラインレッスンで私に辿り着いた、という方がいました。現地でレッスンを受けていたと思うのですが、なかなか基礎の部分が固まっていなくて、もっと丁寧にレッスンしてあげられていたら、と。
ー吉川さんが考えるオンラインレッスンとは?
オンラインレッスンは、私たちが持っている課題解決の一助にはなりますが、それだけでは音楽教育は不十分だというふうに考えています。なので、対面とオンラインそれぞれのメリット、デメリットを理解した上で、より充実した学習環境を提供することを目指しています。
工夫している点は、レッスン時間外のコミュニケーションをより密に取ることです。事前にどういうことをやりたいと思っているか、など生徒さんの要望をお聞きし、レッスン後もレビューを書くようにしています。対面の際は楽譜に直接書き込めますが、オンラインだとそれが難しいので、必ずWordや楽譜に書き込む形でデータを共有することで後で見返せるようにします。
そしてこれは生徒さんにもよるので一概には言えませんが、例えば、対面では生徒さんの体に直接触れながら説明できますが、オンラインではある程度言葉を尽くす必要があります。また小さいお子さんの場合は、対面レッスン以上に易しい言葉で分かりやすく伝えることをより深く考えなければならないと思います。
またオンラインレッスンそのものの課題は、先生側のネット環境はある程度こちらが指定していますが、生徒さんのネット環境が整っていない場合の対応です。そこに関しては解決策が思いついていない状況ではあります。なので、そこもカバーできるようムービーレッスンも追加することでストレスは減るのかな、と試行錯誤中です。
ームービーレッスンとはどんなコース?
送っていただく動画の分数によって分かれています。10分以内、15分以内、30分以内の3つです。ムービーレッスンのみのパッケージはありませんが、対面、オンライン、ムービーレッスンから自由に選択できるチケット制の「カスタマイズコース」や、レッスンとレッスンの間にテキストやムービーにて質問が出来る「練習サポートコース」を提供予定です。
ーアカスタならではの強みは?
運営メンバーが全員、長年にわたって音楽教育を受けてきているからこそ「あったらいいな」というサービスや活動を実践できると考えています。
講師の特徴は、海外で活躍している方や留学経験がある方、また桐朋や藝大等の音大を卒業した現役奏者になります。「留学したいけど情報がない」「桐朋、藝大に入りたいけどコネクションがない」といった人たちに、私たちを通じて次に繋げていけたら、と思っています。
ーアカスタにとって、他のサービスと差別化できるものは?
私たちが掲げているのは、「レッスン形態」「頻度」「時間」を自由にカスタマイズできる、3つの特徴です。例えば、コンクールがある月には、月4回60分の対面レッスンに加え、練習のサポートとして月4回30分のオンラインレッスンを受ける、また学校の試験が忙しくて練習があまりできない月は、月1回45分のオンラインレッスンだけ受ける、というようにそれぞれの状況に応じて自由にレッスンをカスタマイズすることができます。
ーアカスタの発足の運営は?
現在は私の思いに共感してくれた、今まで切磋琢磨してきた音楽家たちとチームを組んで運営しています。
コロナ禍で私が社会の為にできることは何かを考え、始めたのがオンラインレッスンでした。初めはオンラインでレッスンなんて…という思いがどこかにありましたが、様々な生徒さんに出会いレッスンを重ねるうちに、今まで音質に限界がある、ラグが発生する等、ネガティヴな面ばかりを見て「音楽レッスンにオンラインは向かない」と決めつけていたけれど、上手に活用すれば今まで解決することを諦められていた課題を解決するツールになりうるかもしれないと思い、音楽レッスンサービスの構想を練り始めました。
ーアカスタというサービスを広めるにあたり、工夫していることは?
サービス自体を広めることも大事だと思っていますが、レッスンおいて1番大事なことは「その先生に習いたい」と思ってもらえるかどうか、だと思っています。なので、音楽に対してどういう考えを持っているのか、といった自分自身のパーソナルな部分をSNSで発信するようにしています。
また、CILという “文化・芸術”と “経営・経済”を上手く融合させ、持続可能な文化芸術事業を創出するためのリーダーシッププログラムがあり、そこに参加させてもらっています。経営のことやマーケティング、どのように広報していけば良いのか、という点については勉強している最中です。
※CILについてはこちらのURLをご覧ください。https://www.cil.tokyo
ーコロナ禍でレッスンに対しての考え方や音楽界に対する想いなどの変化は?
もともとオンラインが活用され始めたのは「コロナ禍で対面レッスンが難しいから、オンラインでやる」というように、消極的な選択肢のひとつだったと思うんですね。しかし、ちゃんと特性を活かせば学習環境をより充実したものにできる、と私は感じています。そして住んでいる国が違う先生に出会えることも、とても大きいメリットです。だからコロナが収束した後も有効な手段であると考えます。
私たち音楽家は、コロナ禍で社会的な立場や芸術に対する社会の価値観を思い知らされました。やはり経済を中心に社会が回っていて、どうしても芸術と経済って水と油なんですよね。ただコロナで芸術活動に制限がかかってしまった今こそ、改めてこの問題に向き合わないといけない、と私は思っています。だからこそ音楽家にとっても学習者にとってもwin-winなサービスにすることで、結果的に音楽界を活発化させることになったり、音楽家の社会貢献の幅を広げることに繋がることを願っています。
ー留学された時に感じた、日本とオーストリアの音楽教育の違いは?
私が見てきた日本の音楽界の話ですが、技術的なことをクリアしないと音楽的なことはできない、というイメージがすごくありました。しかし、オーストリアはそれが全く逆。音楽的な部分からアプローチしていって、それを実現するためにどういった技術が必要なんだろう、という順番案なんですよね。例えば子供のレッスンでは、身体を動かして表現したり歌ったり、曲を聴いてそのイメージを絵にしてみる、といったように、楽器を弾かない時間が多い印象でした。私もレッスンをする上でこれを大事にするようにしています。正直、技術的なことを教える方が楽なんですよね。ですがなるべく「ここどんなイメージ?」と生徒さんに質問したり、「曲を弾くときにストーリーを作って」と、実際にそのストーリーをお話するように弾いてもらったりしています。最初はなかなか言語化が難しい。でも「ここは暗い?明るいの?」と聞いて、とにかく何か言葉を引き出すようにしています。そうするとだんだんイメージをすることができてくるんです。
また、先日「娘を藝高(東京藝術大学の附属高校)に入れたいんですけど、そのようにレッスンをお願いできますか?」とお問い合わせいただきました。その子はまだ小学生だったのです。その時に私は音楽で学べることって、ヴァイオリンの技術だけでなく『継続力』『集中力』『問題解決能力』である、ということをお話しました。他にも出したらキリがないですが、それらは将来音楽の道に進まなくても活きる力だと思っていて、むしろこちらの方が私は大事だと考えています。音楽レッスンを通じてこういったことももっと発信していけたら、と思っています。
ー今までのご経験を活かし、アカスタが描く未来は?
講師とつながりのある海外の先生とのレッスン機会を提供し、留学したい人への足がかりを作ることも構想しています。最終的にはアカデミーカスタマイズで学んだ生徒が、講師として更に次の世代に自分のスキルを提供してくれることが私の目指すところです。
また、音楽界の中だけでなく、外へ向けた活動も展開したいと考えており、その1つとして、クラッシック音楽の味わい方をより深く知ってもらえるような体感型コンサートを在籍講師とともに検討しています。
講師達へ活動の場を提供するだけでなく、奏者視点でクラシック音楽の味わい方をお伝えすることで裾野を広げたい。そして受講生たちにも、将来どのように自身がクラシック音楽と向き合っていくかを考えるきっかけにしてもらいたいと思っています。
私たちは音楽家も音楽学習者も、そして音楽を聴く人たちも、音楽をより深く味わえる、そんなアカデミーを目指していきたいです。