【作曲家 福田洋介】”作曲で、あなたの夢、叶えます”

おとペディア単独インタビュー

独学で作曲家人生を歩むことになったきっかけや作品作りのルーツなど、”作曲家 福田洋介”の内側を深堀しました。吹奏楽経験者であれば誰もが知る”さくらのうた”は第22回朝日作曲賞受賞作品であり2012年度吹奏楽コンクールの課題曲にも選ばれています。儚くも美しいメロディが心を揺さぶる福田氏を代表する作品であり、その他にもこれまでに数多くの素晴らしい作品と功績を残されております。福田洋介氏の今までとこれからを取材しました。

作曲家 福田洋介
1975年東京杉並生まれ。現在まで作・編曲は独学。吹奏楽・管弦楽・室内楽の作・編曲および指導・指揮に力を注ぐ。CDや楽譜が各社より多数出版され、国内外で作品の評価が近年高まっている。佐渡裕&シエナWO、SEKAI NO OWARI、海上自衛隊音楽隊などの作編曲担当としても活動し好評を博す。また、学生団体・一般団体の常任・客演指揮も精力的に務めている。


モノを習うのが大嫌いだった幼少期

ー作曲をやろうと思ったきっかけは?

福田氏:音楽を専門に学ぶ教育機関に入ったことがないんですよ。いわゆる独学で。そもそも幼い頃は人にモノを習うのが大嫌いで、学校でなにかを教えてもらうというのが苦手でした。授業くらいは聞いたんだけどね(笑)それに人と同じ事をするのも好きではなくて集団で遊ぶのも苦手でした。天邪鬼な子供だったんですよ。だから集団で遊ぶような友達も全然いなくて。それで家でひとりで色々なことをやるようになる中で、家にあったパソコンで音楽をつくれるアプリがその時たまたまあったのでそれを使って遊び始めて作曲に入っていきました。父が音楽関係の仕事をしていた関係もあって、「こういうのもあるよ」と教えてくれて、それでやってみたらなんか面白かったんです。ブロック遊びの様に音符を並べると曲になるのが遊びと同じ発想で出来て凄く面白くって。「これもしかして曲つくれるんじゃないの?!」と気づいてからどっぷりハマっていきましたね。それがだいたい10歳くらいからでそこから少しずつやっていくようになりました。

ーご自宅にピアノがあったんですか?

福田氏:ピアノではなく電気の楽器でシンセサイザーやパソコンがありました。ただ、弾く方には興味がいかなかったんです。細かいことができないのは分かっていたのでピアノも習っていなくて。パソコンとかで自動演奏ができるものだから、並べたものがこういう音になるのか!と自分で骨を折って演奏しなくてもなんとかしてくれるっていう。ずるいっちゃずるいんだけどね(笑)

ー中学、高校とそのあとは?

福田氏:まず中学、高校の時に作曲から興味を覚えて、楽器のひとつでもやってみるかと思ってブラスバンドに入りました。活動する中で自作の曲を発表する機会を貰えたんです。自分で書いた曲発表していいよって。そこで自信が持てたというのもあるんでしょうね。その時の先生方のお陰だなと思っています。それで、仕事そのものは高校1年生で始めているんですよ。高校1年生の時に”お芝居の音楽を提供する”っていうのがキャリアの一番最初なんです。

ーそれはどこから依頼が来るんですか?

福田氏:プロのお芝居の集団。”福田くんこんな事若いのにできるなら、うちのチームのお芝居に音楽つけてよ!”と言ってくれたんです。たった16歳の自分の名前を、”音楽 福田洋介”とチラシに載せて劇場でやっていただけました。そのことをきっかけに、自分で出来るところまでいこう、もしかして仕事にできるものがあるのかもしれないと思って「高卒」というキャリアを選びました。


あなたの夢叶えます

ー作曲や指揮というのは、自分ひとりだけで完結するものではなく誰かの手(演奏者)を借りなければ作品は完成しないと思うのですが、自分で思い描いているイメージと演奏者への伝わり方、さらにはお客様への伝わり方というところで、”ギャップ”や”そういう捉え方もあるのか”、などと感じることはあるのでしょうか?

福田氏:僕は2通りあると思っていて、”自分の作品を自分の責任の中ですべて生み出していく”っていうタイプと、いわゆるデザイナーさんみたいに、”オーダーに沿って自分のアイデアも込めながらつくっていく”っていうのと2つのクリエイターのタイプがいると思っていて、僕はどちらかというと後者の活動の方が大きくて。簡単にいうと僕がポリシーにしているのは、『あなたの夢叶えます』なんですよ。”こういった演奏会とこういったピースが欲しいから、こういう音楽の流れがあったらほしいんだけど”っていうのに、はい乗った!ていうタイプの活動を最初からしていたんです。「僕がつくったのこれ聞いて!!」ではなくて、僕の手を借りてその人のオーダーしたものをつくりあげていくっていう事の活動になるので。
ただもちろん上演の機会を得る中で、自作品を発表する機会っていうのあるんだけれど、どうしてもやっぱり音楽の集団行動になるので、そこで描いているのと実際のギャップが生じるのは当然と思っています。「私福田さんはこう考えて譜面してみたけど、ぶっちゃけどう思てるの?!」みたいな(笑)
思い描いていなかった音が出るっていうギャップに苦しむ時期は最初はありましたよ。けれど、その経験をしていくうちに”こう書いておいたらこうなるだろうな”と予測が出来るようになる。譜面を通してのキャッチボールになるんですよ。対話が譜面を通して出来るようになってくるようなことを見いだせたのは経験ですね。だから予想通りの音が鳴る場合もあるし、予測ができないまま渡す事もあるっていうのが両方ともある。その含みっていうのも僕自身とても楽しいです。

作り手、演じ手、聞き手、と3段階にわたったときに、これは別の方の言葉ですが「演じ手じゃなくて聞き手(オーディエンス)が一番燃えてくれるにはどうしたらいいかっていうのを考えろ」っていうのは金言としてあるじゃないですか。演じ手が燃えているだけだと聞き手が全然燃えないっていう。言葉通り、書き手だけが盛り上がっていても全然伝わらないんですよね。
例えば、「僕一生懸命つくったんですよ!!!」って渡された譜面がつまらなかったら演じ手は全然盛り上がらないじゃないですか?それを聴く観客も・・・っていうね。”自分はこんなに頑張って書いたのに!”なんて騒がない。とは言っても、冷まして書いているつもりも全くなくて、譜面として大事かなって思うのが、演奏する人たちとの対話がちゃんとあるっていうのを最近すごく大事にしていて。”譜面をこう書いたらこの人はどのように演奏してくれるんだろう”って。目の前で熱く演奏している姿って、ぐっとくるじゃないですか、そんな姿に心掴まれる。その為に僕たち(作り手)は支度をしているんですよ。

ーどんな支度を?

福田氏:”丁寧に譜面をつくること”っていう事を心がけています。相手は2人。演奏してくださる方に対しての支度と聞いてくださる方への支度。その距離感を教えてくれたのはお芝居の演出家でした。どうやったら(的確に)芝居が伝わるのかって考えたときに、「役者のお前自身だけが熱くなってどうするんだ!」って役者さんに吠えていたんです。ああ、そこだなってその時に思いました。その関係が見えてきたところで、自分はどんな音楽で関わればいいのかって、パズルのピースですよね。なにがなんでも音楽が入っていれば良いわけではなくて。絶妙な距離感が凄く面白かったです。その時に教わった事っていうのは、セリフで説明してる事を音楽で説明したらダメだっていうこと。じゃあどうしたらいいかなと考えましたね。よく言われたのは「音が多すぎる」っていうこと。最後の和音だけ、これでいいんだって。それで実際のお芝居を観たらめちゃくちゃかっこよかったんです。こんなにミニマムにできるんだって。役者さんが全く言葉で言えないようなところを音が補完するっていうことは、ドビュッシーも全くおんなじこと言ってたたんです。『言葉で説明が出来なくなったときに音楽が生まれる』っていうところに繋がっていく。”これか!”と思いましたね。

ー最後に、コロナ禍で活動や音楽をする中で感じたこと、考えさせられたことを教えてください。

福田氏:手短にいうと音楽って万人に必要なものだっていう事がみんな分かったと思うんですよ。その中で、「必要なものをちゃんと提供できる人が提供しなかったら止まっちゃうから、出来る人がどんどん頑張ってやろう」っていう風にいろんな人たちに言ってまわってます。それはを音楽やっている人たち、プロでもアマでもみんな等しく、”一生懸命やっていれば、いま音楽が出来ない人たちの為に橋渡しが出来るから”ってことを馬鹿正直に言ってまわってます。うん、それが全てかな、途絶えないように。

“作曲家 福田洋介が考える、コロナ禍でみえた音楽のちから

2020年の2月くらいから全世界的に難局を迎え、予想外の時の流れを経験させられ、私達に「さて、あなたはどう暮らすのか」という素朴な難題が突きつけられました。

「日々の暮らし」というあまりにも生々しい現実のるつぼ。どうやら我慢強い日本人。しかしこの状況も長続きするほど反作用が働き、自粛ムード一色だった「娯楽/エンタメ/アート」を活性化していこうと立ち上がる様になりました。リモート活動、YouTubeへの参加など、テクノロジーの活用により以前では考えられないような創意工夫。復帰してきたライブステージには制限はあるものの満席公演が多くなり、さらにオンラインビューワーの数も増えています。

しかしながら「参加する」音楽の活動については足踏みが続いており(2021/7月現在)、学校では「歌えない/合奏出来ない」という状況に苛まれています。市民の「発散」「表現」が封じられ我慢を強いる事で、その後の暮らしにどのような影響が出るかは見当がつかないものです。

私自身、音楽を愛好する皆様に寄り添う活動が多いので、その方にとって音楽が生きる支えであるからこそ「いま、音楽を丁寧に」のモットーで、大小様々なニーズに応えて創作、発信を続けております。難局を乗り切った世界で、皆と奏でる音楽が色褪せないようにするために、いま出来る音楽を懸命に奏でる。その「種蒔き」が、お互いの未来の音楽を瑞々しく萌芽する事、心から信じております。お互いに、自分の音楽を大切に。

福田洋介

吹奏楽曲 「さくらのうた」の作曲秘話もご自身のnoteで公開されています。たくさんの人に愛されるこの曲がどのように生まれたのか。ほかにも様々な記事を読むことができます。

さくらのうたができるまで

https://note.com/fukudayosuke/n/n8f71846c5e93